セイレーン


昔々とおい昔のこと
 海辺の村の女たちは
  網を編み漁を助けて
   子守歌で微笑みあい
    とても賢かったので
   彼女らの知恵と技は
  子から孫へ伝えられ

やがて海の大女神は
 知恵深き乙女として
  古き神秘の眼差しの
   不老不死の姫として
    たたえられ語られて
   船乗りたちの旅路で
  東へ西へと広められ

荒っぽい舟唄に乗り
 戦いの記憶や異国の
  物語と交わりながら
   馬や牛や果実や宝玉
    星の暦や海図の文字
   あまたの富と重なり
  妖しくいろどられて

もう誰も村女たちの
 潮風に日焼けした腕
  かざらない笑顔とは
   結びつけない神殿へ
    きらびやかな城へと
   連れ去られ囲われて
  謎めいた名で記され

長い長い時の果てに
 忘れ去られた大女神
  だけれど岸に流れる
   村女たちの子守歌と
    網を編み帆布を織る
   見事な技は失われず
  静かな日々が営まれ

遠い漁に出て帰らぬ
 男たちを待ちながら
  星を眺め灯をともし
   子守歌で微笑みあい
    今宵も変わらず昔々
   とおい昔の賢い姫と
  同じ知恵を伝えつつ

不思議な物語の糸を
 女たちは織り続ける
  と……そうこの本に
   記してあるのですよ
    ええ私は海辺の村の
   巫女の末に生まれて
  今宵また夢語り……


( 2023.10.25 イラスト作成 Bing Image Creator )