逝いた私の時たちが
私の心を金(きん)にした 傷つかぬやう傷は早く愎るやうにと
昨日と明日との間には
ふかい紺青の溝がひかれて過ぎてゐる
投げて捨てたのは
涙のしみの目立つ小さい紙のきれはしだつた
泡立つ白い波のなかに 或る夕べ
何もがすべて消えてしまつた! 筋書どほりに
それから 私は旅人になり いくつも過ぎた
月の光にてらされた岬々の村々を
暑い 涸いた野を
おぼえてゐたら! 私はもう一度かへりたい
どこか? あの場所へ(あの記憶がある
私が待ち それを しづかに諦めた――)
(青空文庫 立原道造「萱草に寄す」より「夏の弔ひ」 初出:風信子叢書刊行会(自費出版)1937.5.12 )
立原道造 萱草に寄す (aozora.gr.jp)
( 2023.11.6 イラスト作成 Bing Image Creator )
ゆふすげびと 立原道造 – レモン水 (ginmuru-meru.com)