東洋的想像よ 降る雪を花と見立てる東洋の想像に對し私は感謝する。 冬の霜や風に春の音信を聞く東洋の想像に對し私は感謝する。 四季から冬を奪って、室内に春を想像する東洋的態度は、必ずしも冬を恐れるからで無い。 一日も早く春の法悦に浴したい希望からであると信じます。 ああ、東洋的想像よ、 あなたは決して卑怯者で無い、 あなたは無を有とする勇者です。 あなたのお陰で私達は此小さい島を大きな世界として数千年間生きて来ました。 この貧しい生活を喜ばしい幻像で包んで生きて来ました。 ああ、東洋的想像よ、 あなたは私達の眼界から實在を奪ったのでない、 あなたは私達に第四次(フォス・ダイメンション)の世界を與へました。 少くも私はあなたを失ったならば、 その時こそは、日本という故國に告別して、 紐育か倫敦の郊外に移住するでありませう。 ああ、東洋的想像よ、 なんだか私はあなたに離れさうに思はれます。 どうか私をしっかりと捉へて居てくださいー 私の二つの手はここにあります。 その手をぢっと握ってください。 (後略) (野口米次郎「東洋的想像よ」 『沈黙の血汐』新潮社 1922年5月24日発行、廉価版17版 1925年12月25日発行、16-20頁 )
「二重国籍」詩人 野口米次郎
( 堀まどか著、名古屋大学出版会、2012.2.29 初版第1刷発行 )より
( 2024.2.2 & 2.9 イラスト作成 Bing Image Creator +微修正 )